東京の伝統工芸品東京の伝統工芸品 Traditional Crafts of Tokyo

江戸硝子

えどがらす

江戸硝子

洗練された飲み口は、水の味まで変えてしまう。
18世紀初頭、中国やヨーロッパから伝来した技術と日本の技術のハイブリッドとして生まれた江戸硝子は、19世紀の終わりには東京の地場産業として隆盛を極めた。オートメーションによる大量生産が主流の海外に対し、内需を基本とする日本で繁栄を遂げた江戸硝子は、多品種少量生産の道を選んだ。オーダー通りのオリジナル製品を正確に作り上げ、小ロットでも安価に対応できるのは、あらゆる形状の製品を作ってきた経験と実績によるものだ。近年、ヨーロッパでもガラス工場が減少の一途をたどる中、日本有数のガラス製品の産地である東京の名は世界に轟きつつある。口当たりの良いタンブラーやワイングラスは高い評価を獲得。ユネスコ無形文化遺産に登録された和食と共に脚光を浴びる日本酒用のぐい飲みやグラスは、味わいや香りを引き立てるために計算された形状を持つ。常に高いクオリティーを保つために修行を積んだ職人の技術は、ヨーロッパの高級クリスタルブランドと並び称される。
主な製造地 墨田区、江東区、江戸川区ほか
指定年月日 平成14年 1月25日
平成26年11月26日(国)
伝統的に使用されてきた原材料 珪砂、ソーダ灰、石灰、カリ、酸化鉛等

伝統的な技術・技法

  1. 吹きガラス:
    熱く解けた硝子種を吹き竿に巻き取り、息を吹き込んで成形する。
    ① 宙吹き: 硝子種を吹き竿に巻き取って、空中で吹き竿をまわしながらハシ等の道具で形を整える。炉で温めながら、成形を繰り返す。
    ② 型吹き: 宙吹き法に加え、木型、金型などを用いて成形する。
  2. 型押し:
    雄雌の両型をつくり、吹き竿に巻き取った硝子種を型に入れ、雄型で押して成形する。

沿革と特徴

1.日本における硝子製造
日本の硝子製造は、弥生時代にはじまり、平安時代から室町時代にかけては中断したが、16世紀から17世紀にかけて、中国やポルトガル、オランダから製法が伝えられ、復活したと伝えられている。これは、硝子をかつて、瑠璃、はり、ビードロ、ギヤマンと呼んでいたことからもわかる。
2.東京(江戸)における硝子製造
江戸における硝子製造は、18世紀の初めに、日本橋通塩町で加賀屋(皆川)久兵衛が鏡や眼鏡等を、浅草で上総屋留三郎が簪や風鈴等を製作したのがはじまりとされている。なお明治10年に開催された第1回内国勧業博覧会の出品目録には、加賀屋久兵衛とその子熊崎安太郎の名前が記載されている。
3.硝子製造業者の組合
明治12年に”東京はり製造人組合”が設立され、その後の改変を経て、昭和24年に会員の親睦、情報交換、連絡調整を図ることを目的に、社団法人東部硝子工業会が設立された。
4.特長
近世におけるガラスの製造は、長崎から大阪、京都を経て江戸に伝わったものであり、日常食器類や壜等の製造に加え、佐久間象山等の要望を受けて、寒暖計や比重計等の理化学用品が作られるようになった。明治初期には、欧州の近代技術も取り入れ、多様なニーズに対応するようになり、東京の地場産業として発展した。

連絡先

産地組合名 一般社団法人東部硝子工業会
所在地 〒130-0026 墨田区両国4-36-6
電話番号 03-3631-4181